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ご存知ですか?水墨画のこと ~水墨画の歴史~

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日本の水墨画(1)

日本では、6世紀の飛鳥時代に仏教が伝来した以前から、大陸の高度な文化が普及し始めました。
絵画の分野では後の奈良時代を含めて建設や彫刻ほど目立ったものがありませんでした。

しかし平安時代には、大和絵の名作が出現します。
この中でも「鳥獣戯画」は有名な作品で、筆線の巧みな味わいで知られています。

また平安時代の密教美術の中に線描による像が描かれていますこれらは白描画の範疇に入ります。
鎌倉時代から室町時代にかけて、中国の宋・元の画風(漢画)が伝えられて来ました。
これが日本に来た最初の水墨画で、大部分は山水画といわれ、この山水画には漢詩(賛)が付けられていました。
始めは漢画に習って絵を描いていかものと考えられますが、そのうちに日本にも、独特の優れた水墨画が生まれるように成りました。

このように、日本に水墨画発展の土壌を作り出してくれたのは平安時代の後半に日本へ入ってきた禅宗の僧侶達です。
特に京都・鎌倉の禅宗五山の果たした役割は大きいものがあります。
日本の水墨画は、禅宗の発達と共に定着して行く事に成ります。
室町時代の雪舟の出現で、水墨画は一つの頂点に達する事に成ります。

日本の水墨画(2)

かの有名な雪舟は幼い時から画才を認められていました。
お仕置きをされて柱に縛られた時に、落ちた自分の涙で足を使って鼠を描き、それが本物の鼠が集っている様に見えた、と言う話は有名です。

当時の水墨画家達が、中国に行かずに中国の風景を描く事に疑問を感じた雪舟は自ら中国に渡り、明で宋・元の絵画を学び、彼の才能は、中国の人々をも驚かし高い評価を得ました。

雪舟の作品には「秋冬山水図」「山水長巻」などがあります。
そのがっしりした構成、淡彩の中の優れた色彩感は、明澄で簡潔を尊ぶ禅の精神と一致する物として、水墨画の最高峰とされ、後世の画家達に今なを強い影響を与えています。
雪舟は、漢画を超越して日本画様式の画風を創始した画家です。

室町後期には重要な画家として阿弥派の画家や、幕府御用絵師の狩野正信・元信の親子が居ます。特に元信は、水墨画に大和絵の様式を結びつけ、写実性の中に大和絵の色合いを加え、狩野派様式を生み出す源と成ります。
この狩野派の様式は、以後江戸時代から明治時代まで近代日本画の大きな流れと成って続いて行く事に成ります。

こうした背景から、室町時代は水墨画が質・量共に最盛期であったと言えます。

日本の水墨画(3)

安土・桃山時代は、僅か30年の短い時代ですが、戦国時代が終息し織田信長・豊臣秀吉らの武人が天下を統一しそれを反映して、美の世界でも豪華さと絢爛さが特徴です。

絵画では城郭の室内を装飾する障屏画の流行が注目されます。
障屏画は床壁貼付絵・襖絵・屏風絵・板戸絵など総称したものです。
これらには直接、水墨画が描かれた訳ではありませんが金壁画と呼ばれる新しい様式(特に絵具を厚く盛り上げる彩色法は特徴的)の中にも、力強い描線を使う明らかに水墨画の伝統と考えられる手法が活かされています。
しかし一般に、この時代には絵画は禅宗的画風から離れ、華やかな装飾画の隆昌を見るに至りました。
水墨画の世界でも室町時代、特に雪舟にみられた厳しさや簡潔さは薄れてきいき、山水画から花鳥画に多く移ってきます。

この時代の画家としては狩野永徳・山楽らは室町幕府の織田信長・豊臣秀吉らの保護を受け、支流派として活躍作品は、安土城・桃山城・大阪城などの障壁画があります。
また狩野派は水墨画の彩色に一つの完成を示しました。
その他、等伯の「松林図」は有名です。

この時代の画家達は一様に時代の流れの中で、その風潮に応じながらも水墨画の伝統を受け継ぎ、そこからこの時代を特色づける豪放な筆使い、抒情性・装飾性を見事に表現しました。

桃山時代には、狩野派などの時代の中心的な画家達と共に、この時代には町絵師の系列に属する作家群が存在した事も特筆すべき事です。
主に風俗画や装飾屏風などの分野で活躍しましたが、多くは作者不詳の作品を残しています。
富裕な商人達が多くの画家達に援助を与え、活気有る自由奔放さの絵も桃山時代の一つの特徴です。

日本の水墨画(4)

江戸時代前期には、俵屋宗達や尾形光琳などの華々しい活躍が有りましたが、徐々に衰え、また御用絵師で有った狩野派(幕府)土佐派(宮廷)も形式主義に堕ちて、活力を失ってきました。
しかし、江戸時代後期には新しい画風を取り入れた南画と円山・四条派の二つの流派が勢いを増してきました。

南画(南宋画)は、18世紀の前半、清国から伝わり、当時の知識人であった儒者・僧侶・医者など、いわゆる文化人達に受け入れられ、文人画と呼ばれる用に成り、南画は池大雅(イケタイガ)与謝蕪村、そして近代水墨画家富岡鉄斎によって、大成され、現代においても南画は水墨画として人気が有ります。

円山・四条派の、円山応挙は始め狩野派を学び、後に西洋画の遠近法や陰影法をも取り入れて新しい境地を開き円山派を開拓しました。
松村呉春は円山派から四条派を起し洒脱な画境に達し、明治以降、多くの有名な画家の活躍が有りました。

どうでしたか?それぞれの時代に大きな想いや才能が溢れていると思いませんか?
皆様もその美しい芸術の世界へぜひ足をお運びください。新しいあなたが待っています。